縄文と空想と課題

2025-12-31

ウン万年もむかしの暮らし

プリミティブな土偶も土器も創作の源を想起させ

現代のクラフトからも先史的な造形を見るいま

ちょうど巡回展が京都にきたので10月に縄文展を見にいった。

レプリカの土偶たちが並び、世界遺産の北の地を中心に道具や生活様式が紹介されていた。

土や石に模様を描き、貝殻や木の実の精霊をヒトに模す

縄文人の何万年もの営みは数千年前に入れ替わり

組み込まれ同化しながら文明の近代化は二百年ほどで

今は数カ月のサイクルで流行が変わる

時間の尺度が違いすぎて可笑しくなる

その早さに進化が追いつけるのか、現代の人類は…

 

 

日本ができる前から住むこの地に生きていた人々をおもう

滋賀にも先史の跡があり、近所の科学館でもおなじみの粟津の貝塚はすぐそこに

びわこは40万年もここにあるし、近畿は多くの渡来人が数千年かけて移り住んだ地

元居たひとと私はきっとほとんど繋がっていないだろうけれど

そんな現代人が縄文人に憧れる。

そんなこのくにのなかで原住民族の文化を受け継ぐアイヌの人びと

北海道の二風谷を訪れたのはもう10年も前  → 記録はこちら

そこで見た衣食住にまつわる手工芸は強く印象に残っている

それぞれに意味があり代々受け継がれていく模様

祀りや唄や踊りが保存されている北の地

 

アイヌやサーミは北方の先住民

人びとには狩りや日用品や装飾や印や祈りの道具としてクラフトが根付き

古くからトナカイや鹿の角が素材として使われていたし

この地でも鹿革は最古の革として

鹿角は祭祀の道具やお守りとしていまも使われていて

それらの素材に人類との歴史が刻まれていることに、いつからか気づいた。

 

先住民のクラフトを真似てつくり、それが趣味の範囲を超え商売になったとき

自分が作るものに対して、それは文化の盗用ではないかと自問している。

情報がすぐに見つかる今は、多くの分野においてオリジナルなど、ほぼうみだせないであろう時代

けれどいつの時代もオリジナルと模倣の境界は曖昧で

サンプリングやコラージュは他人の作品を材料として新たなオリジナルを生み出す手段でもある。

または器も匙も籠も布も袋も、はじめは無名の人々が暮らすために作っていたのだから

誰かが編み出した方法を誰かに伝え真似て工夫を加え、暮らしのためにそれらを受け継いできた。

それを発見したことが民藝誕生というなら

道具のデザインは製作者のオリジナルであることよりも、使うことのほうに重きをおくべきなのだろう。

今はむしろ、小さなこだわりを捨てるほうが良いのかもしれない、と考え直してみた。

 

これまでも、つくるひとの多くはオリジナルとはデザインとはアートとは

と、苦しみながら迷いながらモノを作ってきたのだと思う。

自分たちはアーティストではないと断言できるが、それは横に置いといて。

 

少し話を変えると、ここからは人の想像の世界

「ブランド」とは信頼、イメージ、価値という。

何を信じるのかは人それぞれ

流され揺れて漂う空想 …

 

その空想という特殊な認知をもつ人類が

貨幣というフィクションをどこまで膨らませるのか

今の投資ブームをみながら物価高を俯瞰してみる。

玩具も家も、米さえも投資の対象になるなんて。

お金にしごとをしてもらう、と誰かがいうが

価値はそれにかかる人の労力では決まらず、空想に依るところが大きいという現実。

 

けれどわたしにとっての資産は

有機的な交流と技術と営みによってできる価値であって

それを介するのは、自然からの恵みをいただいている

人類の謙虚なこころと思いやりや優しさ、愉しみであってほしい

また、せめてそういう価値の循環のひとつでありたいと考えている。

 

そうして、そのちょうどよい落としどころを探りながら続けているこの仕事を

いつまで続けるのかが、今のところの課題。

 

もう人生の折り返し地点を過ぎ、後始末を考え始める時期が訪れている気がする、

そんな年頃になりました。

100まで生きたいとかいって、あっけなく終わるかもしれないし

偶然が重なる日々を生きているので、先のことはわからないけど、

それなりに、毎日笑っていられたら幸せです。

・・・という、とりとめのない文章で2025年を締めます。

 

今年もたくさんのかたに支えられ、一年を終えることができました。

ヌイトメルに関心をお寄せいただく皆さまへ、感謝を申し上げます。

また新しい年も、どうぞよろしくお願いいたします。

 

(アツコ)

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