「人と鹿の共生」シンポジウムのこと

2014-5-13

「ヌイトメルで使用している革は、奈良県でなめされています。」

と言うと、ほとんどの方は「あぁ、鹿で有名な奈良なんですね、」という印象を受けられるのではないでしょうか。
会話ではその後に、「その原料になる原皮はニュージーランド産なんです、」という補足をすることが少なくありません。
ややこしいのですが、「鞣し(なめし)」の工程からが「革」というので、国産革で原皮の産地まではお伝えする必要はないのです。
でも、そのままにしていると“奈良の鹿をなめした革”という誤解が生じてしまうように思い、どうしても付け足してしまいます。

革は副産物なので、鹿肉を食べる習慣のない日本では原皮を調達できないということは簡単に想像できるのですが、そこかしこで獣害、とりわけ鹿による農作物や森林の被害を聞くにつけ、年間数十万頭も駆除、廃棄されている鹿を自然資源として利用することができないのかと、自然と考えは膨らんでしまうのです。
自分たちが使う鹿革の魅力をわかりやすく伝えるためにと、色々な文献を調べているうちに、もっと奥にまでその興味は広がっていきます。革の歴史、人間の営みと常に関わってきたその歴史は、布と同様に成り立ちから人間と共に発展してきたのですから。
 
 
現在、国産革に使われている原料のほとんどは、外国産の原皮から鞣されています。
ただ豚革だけは原皮もほぼ全てが国産なのは、豚の皮は産業になるほどの需要と、供給する技術があると推測できます。
じゃあ、鹿ではなぜできないのかという素朴な疑問が頭をもたげ、
またできない何かの原因があるんじゃないか、とも思いました。
 
 
鹿の獣害対策、実のところはどうなのかを知りたいという好奇心もあって、
去る3月22日、京都で開催された「人と鹿の共生 全国大会」というシンポジウムに参加しました。

今、日本における野生鳥獣による農作物被害額は、230億円(2012年 農水省報告)、被害の6割は鹿が占めており、国は年間100億円の対策費を計上しているそうです。
また、国は鹿とイノシシの生息頭数を2023年までに210万頭に半減させる目標を掲げて対策強化を目指している一方、捕獲した獣肉の流通は捕獲頭数の一割にも満たずほとんどが廃棄されており、その廃棄にも膨大な費用を要しているといいます。

では、なぜこれほど鹿が増えてしまったのでしょうか。
原因は、ハンターの減少と高齢化が大きく影響しているようです。
加えて戦後の時代に、野生鳥獣を含めた自然との付き合い方が大きく変化したことも影響しています。明治時代にはあった獣肉食文化が育たなかったことなど、食の変化が原因として挙げられています。
ここでも近代、とりわけ戦後の時代、自然との共生が二の次になっていたことのほころびが今になって目に見えるほどに広がり、じわじわと現代の自分たちを追い込んでいるのでしょう。
 
 
講演ではかつて鹿肉を食べる習慣のなかったイギリス(スコットランド)の成功例が取り上げられました。それは、2001年の口蹄疫を機に国と狩猟者連盟が連携して、トレーサビリティー(生産履歴を追跡する仕組みのこと)の整備と合わせ、市場出荷する猟銃者に資格制度を設け、獣肉の衛生管理と供給、安全性確保の効率化を図り、それに成功したそうです。また、販路についても国と連盟の連携により需要拡大のキャンペーンを展開しました。ジビエ(獣肉)のブランド化、一般普及を同時に推進するべく、ホテルや有名レストラン、食肉加工や料理教室、児童への食育まで「イギリス国民、全ての年代をターゲット」にした売込みを行った結果、知名度が全くなかった鹿肉を国民の2割が食品と認識し、スーパーマーケットなどで一般的に普及するようになったのです。
そして、それは地域を支える産業のひとつになっており、年間377億円もの経済効果をもたらしているとのことです。

またニュージーランドでは、増えすぎたアカシカを捕獲飼育(養鹿)し、鹿肉や鹿の皮を輸出しています。
鹿を駆除の対象から転換、自然資源ととらえて利用した、産業化の成功例です。

  >> ニュージーランド産アカシカ原皮について、詳しくはこちら → 
 
 
シンポジウムの後援団体である日本鹿皮革開発協議会では捕獲された鹿を革製品に利用する試みにも取り組まれているそうで、その紹介もされていました。
「純国産の鹿革」は個人的には魅力に感じますが、それを事業として成立させるまでには数々の障壁があるようです。
狩猟された鹿の皮を自分たちが革製品に仕立てるのも難しいと感じました。

本州で生息する鹿はほとんどがニホンジカです。
ニホンジカは欧米に生息するアカシカ(現在ヌイトメルで使用している鹿革の原料)よりも体が小さく、半分ほどの大きさです。またハンティングで捕らえられた鹿の多くには、体に銃の跡が残るでしょう。
ニュージーランド産原皮のアカシカは捕獲後に放牧飼育された鹿ですから、体に致命的なキズはありません。
比べてみると、ニホンジカはアカシカよりも作る製品が限られてしまうようにも思います。
ニホンジカは日本の森で生息しているのですから、放牧された鹿に比べてもキズの数が多いかもしれません。
また、ニホンジカを捕獲飼育するための土地を、国土の狭い日本に求めるのは難しいように思います。
 
この講演を聞いて、率直に感じたことを記します。

事業として確立させるには、地道な努力と時間、また異業種の連携が必要だろうということでした。
一から立ち上げる事業は利益を出すまでには相当な時間を要するだろうし、マーケットの開拓も一からになります。
すぐに利益にならない新しい事業を、民間であえてやるところがたくさん出てくるとは思えません。そして、異業種間の横の連携が取れていない、または取りにくいであろう現状が想像されました。

ニュージーランドやイギリスの成功例のように、国の主導でうまく循環させる可能性は少なからずあるとは思いました。ただ、こういった事例に学ぶところは大きいとは思うのですが、そのまま取り入れるのは難しいように思います。日本に合うかたちで、かなりのアレンジが必要になるでしょう。
また、素直に考えてそうすればいいのに、ということがなかなかできないのは、この国の常識のように感じることも難しいと思う理由のひとつです。どこかの利権なんかもあるでしょうし、単純なことでは決してないから、こんなちっぽけな自分たちではどうすることもできません。

そんな中、いちばん現実的と思ったのは、鹿の皮でコラーゲンを抽出することなのかな、と。
今、中国などでも、化粧品などで使われるコラーゲンの原料として動物の皮の需要が増えているそうです。
 
 
農家の疲弊はますます積もっていくでしょうし、何とかならないか、とは思うのですが、
今はこうやって悶々と考えることしかできない、もどかしい気持ちを抱きつつ、
またもじぶんたちの非力を思い知る日でした。

commentする



CAPTCHA


ページの先頭に戻る